うしろむき
意を決して出した「引っ越しました」はがき。
離婚して3か月、引っ越して2か月半、生活も落ち着いてきたからと思って出したはがきだったが、まだ心では時期早々だったのか、この日を境に、気分は「うしろむき」になっていった。
同じころ、誕生日が近づくあいこに、早漏不倫元夫から小包が届いた。誕生日プレゼントだった。
その送り状の住所を見て、さらに嫌な気持ちになった。蒸発した直後に住んでいたワンルームの住所と違っていたのだ。
「女と暮らし始めたんだな」
すぐにわかって、送り状を破り捨てた。
そばにいた母は「もう関係ないよ」と声をかけたが、私のこころはさらに『うしろむき』になった。
なぜひどい目に合った私はすべてを背負い、傷ついた心と、思い通りにならない仕事で苦しんでいるのか?
それなのに、ゲスはのうのうと不倫女と暮らし、好きなようにしている。
慰謝料もらったって、この世の中の不公平はなんなのか?
なぜ私とみいなとあいこ?
何度も不倫され、苦しめられた結婚生活。最後は私を「愛着障害だ」と、私の幼少の辛い体験を悪用し、私が反論できないこの辛い体験のせいで、おまえは性格が悪い、とモラハラされた日々。
早漏元夫は出ていくまでのストーリーを念入りに練ったつもりだったようだった。
突如蒸発した元夫。
原因は、ゲス男のシナリオではなく、早漏夫の不倫。今まで一切モテたことがない醜男が、既婚者というだけで、英語が話せるというだけで、モテると勘違いした身の程知らずの思い上がりの結末が、妻子を捨てることだった。
不倫された側は、なんて理不尽なんだと、なんで私なのか、と、
「あんなやつ、出て行ってくれてよかった」と思ったし、「離婚してよかった」とも思う。まだどうせ同じことを繰り返すから。
でも、どうしても、「早漏不倫夫が不倫してくれたから今の私がある」なんて
どうやっても思えない。
あの不倫に意味があった、それは「違う」
不倫は家族の人生を変えるもの。傷は一生癒えない。記憶は消せない。
人を信じられなくなった。
みいなの誕生日が近づいてくると、去年の今頃を嫌でも思い出す。
ホテルの宿泊券があるから泊まろうよ、と誘うと、快諾。「ああ、6月は一緒にすごしてくれるんだ」と変に安心したっけ。今思うと、おかしな気持ち。だって、あからさまにモラハラが始まったのは3月から。急に喧嘩を吹っ掛けてきては人格否定をする早漏元夫の機嫌に敏感になっていた。私さえ、カウンセリングをうけて、治れば家族でいられると、本気で思っていたから。
都会の50階に位置する高級ホテルのプールではしゃぐみいなとあいことは対照的に、私とは距離を置いて能面のような顔をした早漏夫がいたな。
その一週間後のみいなの7回目の誕生日。いつものようにビデオを回してHappy Birthday を歌った私達。
その2週間後に、突如蒸発するなんて・・・いや、様子がおかしい、まずい、とおもっていたけれど、気の小さい早漏夫が、こんな大胆な人として最低の行動にでるとは
思いもしなかった。
離婚してよかった、
でも、家族を、4人家族を守りたかった。
離婚成立から3か月、願った通りに広島に帰ってきたけれど、子供たちの生活以外、私の仕事と精神状態は、そんな簡単にリセットできるはずもなかった。
「いつかきっと、懐かしく思い出せる日がきますからね、時間が癒してくれます。時間はかかるけど、少しずつ、傷は癒えます。」
と言ってくれた、Kの言葉が染みる。
人生最悪の日が、まもなくやってくる。
再出発の日としてお祝いするのは、まだ先になりそうだ。
うしろむきの日々は続く。