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不倫夫・突然の別居・地獄の底から這いあがる!

己の不倫を隠すためモラハラで私を洗脳し、突如別居した夫。残された娘と3人で、新しい自分へ成長するまでを綴ります。

心の変化‐パニック期

 

人生最悪の日から一週間、七夕の日だった。

先週末、夫のいない3人での週末を過ごし、帰りに立ち寄ったスーパーで見かけた

七夕の短冊。

「みいな、書く?」

みいなとあいこは、今年初めてそでを通した浴衣を着て、短冊に願いを書いた。

 

『パパとママが仲良くなって、また四人家族で暮らせますように』

 

みいなが迷わず書いた。

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写メを撮って、夫へ送る。夫が何か感じてくれないかと思って・・・

切ない願いは届かないことはわかっていた私。

パパが大好きな子供たちをこんな想いにさせてしまって、それでなくても裏切られて心がズタズタなのに、申し訳ない気持ちで胸を締め付けられた。

自分だってまだ現実を受け止められず狼狽えているのに、子供たちの心の変化も気を配らなければならない。それなのに夫はのうのうと自由時間を楽しんでいるなんて許せないと思った。

 

岡野あつこさんによると、私は次の段階へ入ったようだ。

第2段階 パニック期
離婚を突きつけ自分を奈落の底に陥れたパートナーに対して怒りや恨みの感情が湧き激しく罵ったりする。その反面、自分のどこがいけなかったのか? あの時こうしていればこんなことにはならなかったのではないか? などと自責に向かう。絶望と悲しみでノイローゼやうつ状態になることもある。

「奈落の底」そう、信じていた夫に、突如突き落とされ、地獄の底でもがき苦しんでいた。

出ていく10日前に、話し合ったのに? 夏休みの予定も決めていたのに?腹の中で笑っていたんだよね、「おれ、そのころ、いねーよ」って。

夫は私の4月のプチ家出から気持ちがなくなったといったが、東京へ行きたい、と言い出した時からもう企んでいたのではないか?「ちなつは広島に残るか、一緒に東京に来るか、決めていいよ。そりゃ、俺は家族についてきてもらいたいと思っている・・・もういちど、東京で仲良くしようよ・・・」家族一緒がいいと思ったから、3年前の不倫があり、離れ離れが不安だったから、夫を信じ、すべてを置いて、東京へ来た。

「2択を選んだのはちなつだろう、自分がえらんだんだろう、『あなたのために来た』というのは違うだろう!」と責めた夫。

 

東京へ来てからの夫の様子を思い出してみた。2016年10月23日からだ。

私はみいなの学校の準備、あいこの保育園の申し込み、みいなの習い事の場所探しで忙しくしていた。夫は仕事のことは多く語らなかった。

2017年、正月、普段通り。2月、結婚前からお世話になっている長野の夫妻を訪ね、再会を喜んだ。2月下旬、スキーと、久々のデートで、誕生日のプレゼントを買ってもらった・・・思い出すと、2月下旬、私の発した些細なことで夫は機嫌を損ね、出先の店前で長時間にわたって責められた。ほとんど私の人格をだめだしすることばかりで、夫の怒りが収まるのをただただ黙って聞いていた。「そこまで責めるなら、離婚すればいいじゃない」と思わず言ってしまうほど責められた。3月、楽しみにしていた広島帰省。あいこの卒園式と、仲良しの家族と再会。

4月、広島から上京した友人家族と夕食。会う前のモールで、ウインドウショッピングに付き合っていた私に対し、突如機嫌が悪くなり、態度が気に入らないと文句。

4月2日、夕食後、またしても私の発した些細な言葉に過剰反応し、怒り始める。今まで怒らなかったようなポイントで怒りスイッチが入り、大きな口論に発展。私はぶち切れた。家のこと、子供のことを一手に引き受けてやっているのは私、夫は自分の決めた家事以外、言わなければ一切手伝おうとしない。それなのに、そこまで私を責めるなら、自分で弁当作り、子供の学校の準備をしてみなさいよ!と啖呵を切って、ホテル暮らしをするつもりで家を飛び出した。・・結果、ホテルはどこも開いていなく、数時間のプチ家出だった。その日の夜、話し合ったものの、手渡された本で、「みいなは愛着障害なんじゃないか」と言われる。

 

夫の心はどこから離れていったのか?いつから私を裏切ろうと計画していたのか?

ゆっくり思い出しても、夫のことがわからなかった。

 

後日電話で何とか話すことができた夫に問いただす。

「あなたはこれからどうするつもりなの?戻ってこないってことはどういう意味なの?」

なかなか「離婚」という言葉を言わない。

「一旦距離を置くのか、それとも・・・離婚に向けた別居ってこと?」

自分からいうと不利になると算段があるのか。

「そういうことだ」といった。

 

翌日のLINEには、

「離婚届けは、用意出来次第送るけど、8月はみいなも引越しでばたばたしているだろうから、話し合いはゆっくりでいいよ。」

 

「私は離婚したくありません」というのが精いっぱいだった。

 

「離婚しないのは、俺と一緒にいたいからですか?それとも復讐ですか?」

 

このセリフに、さらに奈落の底に頭から埋め込まれた気になった。

「離婚」・・・突如話し合いもないまま出ていき、一方的に離婚へ向けての財産分与など言ってくる夫に、心がついていくはずがない。たった2週間で離婚を迫る夫に納得などいくはずがない。

 

頭ではわかっている、もうこの人は帰ってこないし、こんな極悪非道を強行した人とは、もう戻れないと。でも、心が準備できていないのだ。

ふつふつと怒りが湧いてきた。

いくら私が、夫が言うように「愛着障害」で夫を支配しがちな時があり、それで夫が私に気持ちがなくなった原因だったとしても、それはこの夫の裏切り行為と同等なのか・・・?

頭に真っ先に浮かんだのは、夫が出ていく2日前に突然聞いてきた、ペアのワイングラスのことだった。

「あの、〇からもらったワイングラスはどこにしまってあるの?」

転職ばかりする夫が、いくつ目かの会社を辞めるとき同僚に貰ったペアのワイングラス。ワインを飲まない夫と、酒を飲めない私には、残念ながら日常使いにはならない高価なもったいない品だった。

 

なぜ?あのワイングラスを持ち出したかったのか?

ワインを飲む相手がいるのではないか?

 

3年前の不倫を思い出した。

3年前の不倫が発覚する前も、私の人格すべてを否定し、やることなすこと、揚げ足をとるように責められ続けていたことを思い出した。「わたしにどうしろと?」と問うと「わからない」を言い続けた夫。スキンシップを避けていた夫-今回と同じ!!!

不倫している!!!絶対!!

 

翌日、私は広島でお世話になった弁護士に電話をし、東京の弁護士を紹介してもらった。