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不倫夫・突然の別居・地獄の底から這いあがる!

己の不倫を隠すためモラハラで私を洗脳し、突如別居した夫。残された娘と3人で、新しい自分へ成長するまでを綴ります。

「元」義理両親との関係

あまり人に話すことが出来ない、出来なかった、私の身に起こった出来事を面と向かって話した人は数少ない。誰がこんな惨めな私を受け止めてくれるのか、聞いてくれるのか?何かしてほしいわけじゃない、私を昔から知る人にだけ話した。

 

そのたびに必ず聞かれる質問がある。

 

『向こうの義理両親は、何も言ってこないの?』

 

この疑問に答えようと思う。

 

元不倫早漏夫の義理両親は、結婚当初から私たちの結婚に反対していた。私が年上だから?元夫が童貞だったから?初めてのカノジョにまるで恋人を取られたかのように義理母は強烈に私を拒否した。それでも元夫が私と結婚すると決断したから結婚した。

 

でも私の実家にも挨拶に来てくれなかった義理両親。

非常に失礼だった。→10年後、4年前の不倫があった時に、再構築を誓った元夫にお願いしたことの一つは、この義理両親の不義理を謝罪し、私の実家に改めて挨拶に行くように、という事であったから、それは果たしてもらった。今となっては無駄だったけれど。

 

この義理両親、父親は無口でニコニコしているだけ。母親は自営業、これが強烈な人であった。子供ができる前は実家に年に数回顔をだすたびに、私の存在を無視、目を一切見ず、「さ、さ、ちなつさん、これ食べて~」といって一切私と目を合わせなかった。もてなしているふりをして私は冷遇された。話題はいつも義理母が仕切り、私が口をはさめない近所の人の話題や、自分の自慢話ばかり、頑張って話題に口を挟めば、すぐに話題を変えられた。手土産で持参した手作りのお菓子は、まるで見えないもののようにいつまでも居間に放置された。

 

私自身のことを一切聞かれたことは無い。好きな食べ物、などたった一つのことさえも。興味がなかった=拒否していたから。

 

私は何一つ、悪いことをしていないのに。

 

10代の姪っ子に学校の様子を尋ね、色々話を聞いて癒されていると、わざと会話を中断して来る、歪んだ自己愛の強い、強烈な小太り婆。金周りがそこいらの主婦とは違うのは分かった。「愛する人を生んでくれたひと」とどんなに考えても、私の存在を全否定する態度。立ち振る舞いが下品だ、と結論付けた。

 

さて、元夫は、どう私を守ってくれていたのか????

 

当時は、「メールで文句を言った」など、ちゃんとしたよ、もうしばらく行かなくていいから、等言っていたので、そうか、ちゃんと言ってくれたんだ、と思っていた。

が、今回、友人に言われた一言。

「ちゃんと、ちなつの目の前で、『その態度を改めろ』って注意してくれたことなかったの?」

 

ハッとした。

 

そんなこと、してくれたことなかった。

 

気の小さい元夫は、自分の親にさえ面と向かって文句を私のために言ってくれたことは無い、いつだって「メールで、」「電話で」文句言っといた、だった。

 

こんな義理両親だから、今回早漏不倫息子のしでかした事態も、(100%ちなつが僕にモラハラするから耐えられなくなって別居した)と虚偽を伝えている。ちゃんと話し合って出てきた、とでも言っているだろう。糞不倫元夫は。

一切何も言ってこない。言ってくるはずなどないことは、初めからわかっていた。

言ってきても、私に文句を言うだろう。

ただ、調停中には不倫元夫から『義理両親がみいなとあいこに会いたがっている』『じいじ、ばあばに会わせたい』と聞いていた。

私は、12年にわたって私の尊厳を踏みにじって苦しめてきた義理両親、結婚時の不義理、こいつらのクズ息子=元夫にめちゃくちゃにされた人生、を思うと、断固拒否しつづけた。

調停離婚調書には、 『義理両親に決して会わせない』とは明記できなかったが。

 

さて、この元義理両親、特に元義理母、私を無視しておきながら、みいなが生まれたとたん、態度を180度一変させ、「ちなつさん、ちなつさん」といって、私たちの新居に足しげく通うようになった。一度たりとも遊びに来たことなどなかったのに!!

みいなとあいこにはよくしてもらった、それなりに…しかし、二人が小学生になり、ものがわかるようになると、二人ともばあばの一方的な態度に、嫌気を覚えていた。

「あのね、学校でね、…」と二人が話しても、それについては一切無視。「公文でね、オブジェ貰ったんだ」これも「ふーん」もなく、無視。話題をさっと変え、「そういえば、K里(内孫の姪っ子)なんてね、こないだ学校でねー」と違う話を始める。みいなとあいこの話を一切受け止めないのだ。

これにはさすがにみいなとあいこも、ばあばが普通の大人とは「嫌な意味で」違うことをわかりはじめていた。

 

自分はただ、孫を侍らせて、町を歩きたいだけ。

 

みいなとあいこが私を介さず義理母とコミュニケーションがとれるようになると、私はまた出産前と同じように「存在を無視」され始めた。もう不要、といわんばかりに。

そのころには、無口な義理父は若年性アルツハイマー認知症を発症し、話しかけても会話にならなくなった。高校生の姪っ子と話していても、デブ元義理母にテーブル越しに邪魔をされた。

 

この結婚が失敗であったことは、結婚前からヒントがあった。

私はそれに気づけないでいた。

醜男の息子を溺愛する心醜い義理母。