児童手当を私の口座に
地獄の日々が続いていた。
それでも娘たちを朝起こし、弁当を作り、朝食を食べ、見送る。娘たちは、それぞれ見せないまでも傷つきながら普段通りでいてくれる。頭の中はぐちゃぐちゃだけど、日々のroutineはやってくる。
夕食の準備をして出勤。頭の中は、自分の不安、夫への憎しみ、執着、戸惑い・・・頭の中がぐちゃぐちゃのままの仕事は、あまり身に入らなかった。仕事の合間に、つい「別居」「夫が突然別居」などのキーワードで検索してしまい、「夫が突如別居する場合はほぼ不倫」という文字をあちこちに見つけ、わかってはいても、『そうだよね』とさらに落ち込むことばかり繰りかえしていた。
色々考えを巡らせているうちに、その日は早退して、区の子育て支援課に行き、児童手当を私の口座に振り込む手続きをしなければ、と思い立った。
しかし手続きは思いのほか、私に不利だった。
私の口座に児童手当が振り込まれるよう手続きするためには
①夫が、「監護権放棄の申し立てをする」つまり、現監護者ではない、という証明。
②子供の健康保険を私の職場の健康保険の扶養に入れる。同時に夫の会社の扶養から異動手続きが必要。
①も②も夫が協力してくれない場合は、妻側から、「離婚調停中を証明する裁判書類」
この時点では、私は「円満調停」と「婚姻費用分担調停」を起こすつもりだった。
つまり、円満調停では離婚が前提ではないから、だめだというのだ。
まだこのころは夫とLINEでのみ連絡が取れていたので、①も②も手続きを進めてくれていたが、途中で連絡が取れなくなり、どちらも進めなくなってしまった。
お役所とは、なんとも無情だ。
「夫は一方的に子供を置いて出ていったんですよ、なんの監護もしていないんです、それでも、収入が多いほうが子供の監護者として、児童手当をうけとるなんて おかしい!横取りされるじゃないですか」
いくら言っても無駄だった。「離婚へ向けての」調停でなければ、妻側からの手続きを進められないのだ。
次の児童手当の支払いは10月。
「路頭に迷わすことはしない」といった夫だが、信じられるわけがない、だって、
いくつのウソを重ねて私はこんな目にあっているのか?
それでなくても、毎月、いかに自分の手元のお金を確保するか、家族のため、家族の貯蓄よりも、自分の取り分を自由になるお金を確保することにずーーーーっと 躍起になっていた夫だ。お金の執着がすごいことはわかっていた。
悔しい、悔しい、捨てられ、ズタズタにされ、行政も私を守ることをしてくれない・・・
逃げたもん勝ち。
後悔
みいなとあいこがパパと面会してから、どうしようかと考えていたことがあった。
アパートもわかる、行ってみようか。誰かが出入りしているのを偶然見るかもしれない・・・
行こうと思ったり、もうどうでもいいや、と思ったり決めかねていた時、横浜方面に行くことがあった。
「行くなら、今日の帰りしかない・・・」
念入りに最終電車をしらべ、用事が終わった後、夫のアパートに向かった。
最寄り駅に着き、ドキドキしてきた。
夫はどんな腹黒い気持ちでこの駅を毎朝使っているのか。
清々したと、己の正しさに酔いしれているのか。
どんな面をして人に会っているのか・・・
時間は夜10時半。駅からすぐの新築アパート。
102号室には締め切ったカーテンから明かりが漏れていた。
居る。
洗濯物をみるが、暗くてよく見えない。
ドアの前に行って、ドアポストを開けると、クーラーの冷気と明かりが見えた。
意を決して、インターホンを鳴らした。
その瞬間、すべての明かりが消えた!
居留守を装っている!
絶対に怪しい!!誰かと居る!!
ドアの向こうに私を苦しめている憎き夫と不倫女がいるのに・・・何もできないなんて・・・自分の無力さと、来たことの後悔で、また胸が苦しくなった・・・
来るんじゃなかった・・・
そのパパの態度を見たみいなとあいこも、帰りは黙りこくっていた。
機嫌が悪くなるくらいなら・・・わかっていたのに・・・
真っ黒の夫。
何も話し合いもせず、「ちなつが怖くて話せなかった」と私を愛着障害だと悪者にし、周りに触れ回っている夫。
私の結婚した人はこんな人だったのか・・・
嘘だらけの上に、知る必要のない嘘が降ってきて、どう心の折り合いをつけていいかわからない、ドロドロの感情からぬけられない。助けて。
ショック期
電話をしても出ない、居場所も教えてくれない、LINEも既読無視、
話し合いもできないまま突如として別居となってしまった。
カップルカウンセラーの岡野あつこさんによると、
第1段階 ショック期
あまりのショックの大きさに自分で自分を支えられない状態。これは悪い夢ではないのか? 夢であってくれたら、と願うが現実に起きたことであり気が動転する。動悸がして眠れずどうしてこんなことに? なぜ私がこんな目に? と同じことが頭の中でぐるぐると回り続ける。
まさに、自分の身に起きている事態を自分で抱えきれず、今後の不安、なぜこんな目に?どこから歯車が狂ったのか? 先週話し合ったのはなんだったのか・・・?
ぐるぐると回り続け、それでも子育てがあるので、いつも通り朝起きて、朝食を作り、子供たちを見送り、仕事に出かけ・・・でも仕事も身に入らない。
そして、翌日夫からメールが来た。
「先週の話し合いで本当のことが言えずにごめん。本当のことを言って、怒るちなつと話すことができなかったからこうするしかなかった。だますつもりはなかった」と。
どんなつもりだろうが、騙していたのは事実。
つまり、話し合いを避けて「逃げた」のだ。
そのセリフの後は、淡々と、別居の希望、財産分与、婚姻費用など、一方的に綴られていた。
頭では、切り替えて、これから3人でどうやって暮らすか、婚姻費用は十分なのか、を冷静に計算しているが、心は「なぜこんな目に?」ぐるぐるぐるぐる・・・
押しつぶされて苦しい。
自分を責める・・・メールの最後に、夫が「カウンセリング頑張って」と書いてあったから・・・別居=私のゆがんだ甘えのせい と解釈した。
翌日から、反省のLINEを続けた。「早く気づけばよかった、気づかなかったから、私は家庭を壊してしまった、」云々。娘たちにも、「ママがパパ強く言い過ぎたからこうなったんだ、パパを追い出してしまったんだ、パパを奪って本当にごめん・・・」と毎日泣いた。
「愛着障害」の原因となったことを考えて、どうしようもない憎しみと、現実のショック、パパの話を無邪気にする娘たちの心の変化に気を配り、打ちひしがれてばかりはいられない娘たちとの日常をやり過ごしながら、日々が過ぎた。
母の次にこの事実を話せたのは、3年前にシングルマザーになったKだった。
Kには、
どうしようもない胸の内を打ち明けると、Kが送ってくれた言葉がある。
What hurts you today will make you stronger tomorrow.
『今日あなたを傷つけたものは、明日あなたを強くする。』
泣いた。
こんな日が来るのか?私はまだ地獄の底を這いつくばっているのに?
話し合い
4月の喧嘩以降、様子のおかしい夫。
スキンシップもないし、取り繕った親切、たとえば、ジョギングの帰りに電話をしてきて、買ってきてほしいものない?と聞く・・・今まで言わないと協力してくれなかった家事を進んで「俺やるよ」という・・・など、よそよそしい感じがあった。
子供たちのイベントを見に行っても、二人きりになると、すっと別のほうへ行き、「俺○○してくるよ・・・」明らかに様子がおかしかった。
子供たちが寝ると、二人気になるのを避けるように、週に3日は外へ1時間ジョギングへ。
今思えば、色々おかしいところがあった。
6月22日夜、意を決して、聞いてみた。
「私とどうしたいの?どう思っているの?同じ方向を見ているのかな?」
夫の答えは、「わからない」だった。
4月のプチ家出依頼、ちなつに対する気持ちが「OFF」になってしまった。
どうしていいかわからない。
GW前の話では、「一人暮らしでも」とふと言っていたので、「そんなこと考えてないよね??」と心配になって尋ねるも、「それは考えてないよ・・・」
「愛する子供たちは、パパとママ、がそろった家庭で育てたい。みいなもあいこもパパが大好きだよ。お願い、頑張ろうよ・・・私もカウンセリング、がんばるから・・・」
「おれはもうちなつの’安全基地’にはなれないけど、応援しているよ・・・」
そして私たちは握手をして、同じベッドで就寝した。
隣にいる夫は、触れることができないくらいバリアを張っていた。
内心、私は不安で仕方がなかった。夫の「どうしていいかわからない」というセリフは、3年前の不倫が発覚する前の言い訳と同じだったからだ。
なんだか胸騒ぎがした。
何か起こるのではないか・・・
このまま夫の気持ちを待つべきなのか・・・
一晩考えて、私は信頼している弁護士に電話をした。
そう、3年前の不倫相手に慰謝料請求と謝罪文を請求しよう。もうすぐ慰謝料請求の時効3年が迫っていた。「最悪の状況を想定して」できる予防線は貼っておこうと思った。証拠の写真も、たぶん夫が見つけて私のPCから削除していた。
「証拠は私の日記」だけ。
不安だった。
念のため、夫にはその件を伝えた。「お金が欲しいんじゃない、きちんと謝罪してもらいたい」と。
3年前はひどく動揺した夫だったが、今回はやけに冷静だった。
「それで気が済むなら」と。
そして、「通知書」を3年前の不倫相手(夫から不倫を白状したときに担保として情報を貰っていた)に内容証明で送った。
違う意味での涙に
7月にはいり、子供たちも夏休みに入った。
外面の良かった夫は、学校にもよく顔を出していたので、顔見知りのパパやママに会居たくなかった私は、内心ほっとしていた。
「今日パパは?」なんて聞かれたら・・・そんなのごまかすのも精神的にきつかったからだ。誰にも会いたくなかった。いや、会えなかった。
いつもはシャワーで済ますお風呂を、お湯を張って入った。
一人で湯船につかって、気持ちよくて、窓のほうを見て、
ふっと『あ~幸せ…』と言葉が出た・・・
その直後、何とも言えない感情が湧きだした。
ああ、自然と、心の底から、『幸せ』って言えた・・・!
ちょっとしたことで『幸せ』を感じることができた自分に・・・泣けた。
ちなつ、地獄の底にいるかもれないけれど、今日はこんな大事な気もちになれたね・・・
自分の心が、少しずつ、少しずつ、自己治癒力で癒されていくのを感じてうれし泣きした・・・
驚きの発言
出て行ってから、ほとんど電話に出ないためLINEが唯一の連絡手段。
それも、一方的に離婚の準備の話ばかり。
誰かに離婚をしてくれと言われているんだろう。
ある日、入金の件で電話をすると珍しく出た。
勝ち誇ったような話し方。出て行ってやったぜとでも言わんばかり。
『私、あんたのわがままきいて、東京まですべてを捨ててついてきたじゃない、何?この仕打ち。』
『じゃあなんで俺を広島に連れて行ったんだ。』→6年前、合意の元来てくれたと思っていたのに・・それが原因で不倫したんだという3年前の夫の気持ちを受け入れ、再構築したのに、
まだ言ってやがる!馬鹿か!
そのあとの発言に衝撃を受けた。
『出て行ってから数週間。ちなつは一度たりとも、悪かった、帰ってきてほしい、と言ったことがないじゃないか。』
は?
夫、父親いやそれ以前に「人間として最低」の、家族を捨てる行為をしておきながら、
それを正当化し、私が「謝罪して、帰ってきて」と言っていないと!!!まだ私を責めている!
私が人生最悪の日の朝まで信じていた、私を守ってくれる存在だと思っていた夫は
これが本性なんだ。
非情で恩知らず。
だから転職ばっかりしてきたんだな。
己の愚かさを認めたくないがために、人を敵とし攻撃する、それでしか、自分のバランスを保てない。
絶句した発言を聞いた夜から、私は夫に、望み通りのLINEばかりを送った。
「一緒にいたいです。皆待っています、帰ってきてください。」
帰ってきてほしくない、もう、無理。わかっていたけど、気持ちがやりきれなくて、これでも毎日泣いていた。
3年前の不倫・お粗末な謝罪文
夫が突如出て行って、3週間が過ぎようとしたころ、3年前の不倫相手の代理人を通じて謝罪文が届いた。
担当してくれたM弁護士は、自信を持っていた。
「いでぐちさん、これは大きな証拠ですよ!これで旦那さんは7,8年離婚できませんからね。」
実は私はこの慰謝料請求が不安だった。
証拠のコンドーム写真を、携帯からPCに送り、保存していたところ、新しいPCを購入したときにデータ移行をやってくれたのが夫だった。そして、その画像がなくなっていたのだ。つまり、夫に意図的に消されていたのだ。
携帯の画像も削除してしまっていた・・・
証拠は、私の当時の日記だけだったのだ。
謝罪文はそれはお粗末なものだった。
社会的常識がない人のようだ。
マナー文章を書いたことがないなら、調べて、そのフォーマットにそって丁寧に書くであろう、常識人なら。
この女の弁護士は、そんなアドバイスもしなかったのか?
不倫女Yの謝罪文は、汚い手書き、「ですが・・・」と、「・・・」を連発。
花柄の便箋と文字がかぶって読めない部分。
自分が夫と別れた後離婚したこと、娘の学費がかかること、グダグダと連ねてあった。
この文章に何の誠意も感じない。
娘の学費が大変?関係ない!
腹が立ったのはほかにもあった。
『ご主人に、夫婦としては破綻しているから、いつか結婚しよう』と言われていた、それを信じた私が愚かでした・・・。と。
夫婦として破綻している!? 半年にわたり私の人格を否定し、傷つけておいて、なにを抜かしていたのか、あいつは。当時は新築マンションに入居したばかりで、夫の態度はひどかったが、やっと手に入れた、庭付き、こだわりのマンションで楽しい生活を子供たちと楽しみにしていたというのに!破綻だと?夫だってガーデニングに勤しんでいたではないか!
それに加え、「信じた私が愚かでした」だと!?ふざけるな!
お前が愚かだったとか気持ちなんて聞いていないんだよ!
お前のしたことは『違法行為』なんだよ!
全く不誠実な謝罪文。
世間知らずもいいところだ。
だから違法行為の不倫なんぞするんだ。
それと同類の私の夫。
3年たって、私はこの夫に地獄に突き落とされ、涙の日々。
決めた。
今の不倫相手を調査することはコストがかさむ。誰かもわからない。
100%クロだけど、これは見逃す。
そのかわり、この不倫Yと夫を相手取り、
慰謝料請求裁判を起こしてやる。
後日facebookで知った事実。
不倫女Yは、1年前から婚約中。
私には関係ない。
己のやった事の落とし前をつけてもらおう。